2004.10.21更新

長谷寺/霊山寺/般若寺/
長岳寺/矢田寺/唐招提寺/

 
長谷寺【桜井市】

万葉集に「こもりくの泊瀬山」と歌われているように、この地は昔から豊初瀬(とよはつせ)、泊瀬(はつせ)などと美しい名でよばれていたので、初瀬寺、泊瀬寺、豊山寺とも言われていました。
天智天皇が創設、その後聖武天皇により十一面観音がおまつりされました。
現在長谷寺は真言宗豊山派の総本山として、 西国三十三観音霊場第八番札所として、また、 四季を通じ「花の寺」として多くの人々の信仰をあつめています。

長谷寺はまた、平安の昔から上流階級の女性たちが憧れた場所でもありました。枕草子や更級日記にも長谷寺は登場します。。紫式部の源氏物語では光源氏の愛した薄幸の美女、夕顔の遺児である美貌の玉鬘が自らの数奇な運命に悩み長谷寺への旅立つ場面もあり、玉鬘ゆかりの二本杉は今も長谷寺の東参道に佇んでいます。
春は桜、初夏には牡丹、梅雨の頃には紫陽花、秋には萩、紅葉、そして冬には寒椿、万両、、と途切れることなく彩られるこのお寺は、一年のうちにその表情を幾度も変えるのです。

近鉄大阪線長谷寺駅を下車、徒歩15分。

 
霊山寺【奈良市】    

1300年前、小野富人がこの地で薬草湯屋を建て、薬師如来を祀って病人の治療にあたっていたのが始まり。その後、薬師如来が聖武天皇の枕元に立たれたことから天皇の勅命により、霊山寺が創建されました。
200種類ものバラが5月〜6月と10月中旬から11月に咲き誇るバラ園が有名です。
近鉄富雄駅より「霊山寺前」バス停で下車。

 
 

般若寺【奈良市】

般若寺の歴史は古く、飛鳥時代に高句麗僧により開創、天平18年(746年)聖武天皇が平城京の繁栄と平和を願って、卒塔婆を建立し鬼門鎮護の定額寺に定められたことに始まります。
また平安時代には、観堅僧正が学僧千余人を集めて学問道場の基をきずき、その後、長らく学問の寺としての般若寺の名声は天下に知れわたったといいます。
境内のそこここに佇む石仏を春は山吹、秋はコスモスが飾ります。

 
長岳寺【天理市】




長岳寺は824年、淳和天皇の勅願により、弘法大師が創建したと伝えられています。真言秘法の大道場として知られ、盛時には塔中48坊、衆徒300余名を数えました。鎌倉時代には興福寺大乗院の末寺になっていましたが、応仁の乱以後の兵乱により焼失してしまいました。民間の深い弘法大師信仰に支えられ、今日もお線香の煙の絶える事がありません。鄙びた風情の境内に、春はつつじと杜若が彩りを添えます。
 
唐招提寺【奈良市】

唐の高僧である鑑真和上は聖武天皇に招かれて、12年もの間、幾度も遭難し自らも失明するという苦難を乗り越えて日本に到着し、聖武天皇、皇后をはじめ数多くの僧に授戒した。その後、この地を得て唐招提寺を開き、四方より集まる学僧に戒を講じたのが始まりです。奈良のお寺の大部分が天皇の勅願によって建てられているのに対し、唐招提寺は鑑真和上の私院で、いわば私設学問所と言った形でスタートしました。後に朝廷などからの寄進により金堂や伽藍などが整えられました。国宝級の彫刻も数多く安置されており、天平文化の香りを最も色濃く残す寺院です。

夏には蓮の花が咲き、天平の昔に誘います。

近鉄奈良駅から尼ヶ辻経由法隆寺前行きバス約15分、唐招提寺前下車。

 
矢田寺【大和郡山市】

矢田寺の正式名称は金剛山寺といい、今から約1300年前、大海の皇子(天武天皇)が矢田山に壬申の乱の戦勝祈願のために登られ、後に七堂伽藍48箇所坊を造営されたのが始まりです。当所は十一面観音と吉祥天女を本尊としていましたが、地蔵菩薩が安置されて以来、地蔵信仰の中心地として栄えています。南は法隆寺から北は追分の本陣を経て霊山寺に続く古道は、大和の最も美しい道のひとつといわれています。境内には早春の梅に始まり、桜、ツツジ、夾竹桃、萩、紅葉、山茶花と年中四季の花が絶えませんが、なんと言っても初夏の紫陽花が有名です。

近鉄郡山駅より奈良交通バス「矢田寺」下車。